Mano de Mono | ja

マノウォー(MANOWAR)は、アメリカのヘヴィメタルバンドである。 1980年、ブラック・サバスのツアーにパイロテクニクス及びベースの技師として同行していたジョーイ・ディマイオと、ツアーのオープニングアクトを務めていたSHAKIN' STREETのロス・ザ・ボスが意気投合し、翌1981年にエリック・アダムス、ドニー・ヘムズィクを加えて結成された。バンド名の由来は軍艦を意味する"Man of War"から。 真のヘヴィメタルを標榜する彼らは「偽メタルに死を」(Death to False Metal)を合言葉に掲げ、1982年に『バトル・ヒムズ』でデビュー。力強くドラマティックな楽曲にエリック・アダムスのシャウト、ジョーイ・ディマイオの"光速"ベースが特徴。 右手首を左手で掴んだまま頭上に掲げるポーズは「マノウォー・サイン」と呼ばれており、彼ら自身やファンの間だけではなく、他のバンド、ミュージシャンもライヴなどでポーズをとる事がある。 逸話 ○メンバー全員が屈強な体つきをしており、曲名によく現れる「戦士(Warrior)」を体現している。 ○「ヘヴィメタルには二種類しか存在しない。ピュアな物とそうでない物だ。新しいクラシックなど存在しないのと一緒だ。」(ジョーイ談) ○パイロで全身に大火傷 ジョーイがマノウォーの前に在籍したサンダー(THUNDER)というバンドで、KISSのライヴがマッチを擦っている程度にしか見えないような派手なショウをやろうと火を使ったところ全身に大火傷を負って三ヶ月ほど入院した。この事故を契機にパイロテクニクスを習得したことがロス・ザ・ボスとの運命的な出会いに繋がる。 ○EMI傘下のリバティレコード(Liberty Records)と『バトル・ヒムズ』のレコーディング契約をする際に、血判状の如く自らの血で契約書に署名した。 「忠誠を誓う為に侍がしたのはどうしてか、と同じ事だ。自分が信じ、真剣であれば、それを知ってもらわなければならないからだ。」(ジョーイ談) ○『俺は自分の過去を燃やした。俺には過去はない。あるのはマノウォーのメンバーとしての未来だけだ。』 息子の看病のためやむなくバンドを脱退するスコットから愛用のドラムセットを贈られた後任のライノが感極まり、自らのドラムセットに火を放って発した言葉。(※後にスコットは復帰、ライノは脱退する) ○『地獄よりひどいぜ(Louder Than Hell)』 ある日、会場でPAシステムのチューニングをしていたところ、その会場のスタッフが飛んできてジョーイに音量を下げるように言ったという。しかし、プロモーターのアシスタントが「お願いだからこの人に向かって音を下げろなんて言わないでくれ。余計に音量を上げるだけなんだから!」と忠告すると、その係員は「耐えられない!地獄よりひどいぜ!!」と捨て台詞を残して去っていったという。この出来事が1996年のアルバムタイトルの由来となる。 ○『他のバンドは演るが、マノウォーは殺るのだ(Other Bands Play, Manowar Kill)』 1988年の作品『キングス・オブ・メタル』のタイトル曲の歌詞に登場する名言。 「メタルの王者」を自負するマノウォーというバンドの、ヘヴィメタルに懸ける覚悟を端的に表した言葉である。 ○親日家 ジョーイは親日家で知られ、自らの前世を「サムライ」だと宣言したことがある。好物は寿司で、スシバーによく通っているらしい(納豆やあん肝、ウニが好きだとか)。 METALLIONのインタビューにおいて、彼が玉子をオーダーする際「ギョクを頼む」と日本語で注文するという旨をスシバーの板前が語っている。 また、1993年の来日公演の際、マムシ酒に感銘を受け、大量に持ち帰ったという逸話がある。映画監督の黒澤明と俳優の三船敏郎を尊敬していると発言している。 ○大音量バンド 上記にあるように、音量に関して過去に『ギネス・ワールド・レコーズ』に記録されたことがあった(139dBを記録する)が、ギネス・ワールド・レコーズは2008年、「聴力障害を促する恐れがあるため」との理由で「世界で最もうるさいバンド」というカテゴリーを廃止した。 .
kimono is an experimental rock trio hailing from Reykjavik, Iceland and Halifax, Nova Scotia. Their lastest album is called "Easy Music For Difficult People" and is released on Kimi Records. kimono is made up of Gylfi Blöndal(guitar), Alison MacNeil (guitar and vocals) and Kjartan Bragi Bjarnason (drums). They have released three full-length albums in addition to their latest record including their debut in 2003 (”Mineur Aggressif”), the critically acclaimed “Arctic Death Ship” in 2005 and the experimental “all music recorded” in 2007, the last one in collaboration with Icelandic producer Curver (of Ghostigital). kimono took up residence in Berlin in...
In the aftermath of the drone/ambient sound project Ora's breakup a couple of years back, all of the principle voices from that loose British collective have been producing an amazing array of translations of the drone through a variety of improvisations, field recordings, and electronic synthesis. Monos is the project of Darren Tate and Colin Potter, both of whom worked extensively in Ora as Tate collected field recordings for the group and Potter provided his engineering prowess which has also been employed by Nurse With Wound and Current 93. The two have produced about a half dozen or so super...
MONOLOGUE is the ambient / drone / doom band of Mat Dilliner. The music is dark, menacing and loud, but retains a sense of beauty and zen. Influences stretch all over the map from Sunn 0))), Boris, and Merzbow to Converge, Black Dice, and Black Sabbath. DISCOGRAPHY: Natural Harmony (2009) Textures (2008) www.myspace.com/monologue .
Yulduz Usmonova (aka Yulduz Usmanova & Usmanova - born Yulduz O‘rayimoxunovna Usmonova, 12 Dec 1963 in Margilan, Uzbekistan), is a very popular singer, in Uzbekistan. She sings in Uzbek & Persian. Her parents worked at a silk factory. She studied music at the pedagogical institute in Margilan. She was discovered by Gavharxonim Rahimova, after singing at a Women’s Day show. Gavharxonim helped open many doors for her. After being introduced to professors from the Uzbekistan State Conservatory, she prepared under their guidance & was admitted. She studied voice & became popular after Uzbek independence, in 1991. As Uzbekistan’s most popular...